どーもKABUOです。
青森県深浦町にあります
森山城を散策しましたので
現在の史跡の様子や歴史など
ご紹介します。
森山城の歴史と史跡をご紹介!🏯
JR十二湖駅から程近い場所にあります
森山城。
別名森山館・茶右衛門とも呼ばれ、
築城年代は不明、
秋田県能代市を中心に
檜山(現山本群)を掌握した
檜山安東氏の支城として使用されました。
檜山安東氏家臣森山季定が居城、
城主森山氏の苗字、
またお城背後に「毛無し森」の森から
森山の地名の由来になったとも考えられ、
1546年、森山季定は謀反の疑いにより
主家安東尋季・舜季の父子、
松前の蠣崎季広によって
滅ぼされました。
その後江戸時代に入りますと、
秋田久保田藩・青森津軽藩の立藩、
佐竹義信・津軽為信により
白沢・碇ヶ関から大間越・深浦間の
領土交換が行われ、
津軽氏家臣小野茶右衛門が
城代として居城します。
しかし二代藩主津軽信牧の時代、
大間越の笹森解由左衛門らにより
攻め滅ぼされるという事件が勃発。
一説によると茶右衛門が
海賊行為を行ったことによる誅殺、
また藩主信牧の家督争いにより
不服を持ち謀反を起こし
森山城に籠城を行ったと考えられ、
その後森山城は廃城となりました。
森山海岸の海沿の小高い山
森山城は築城、
秋田県能代市から深浦町を結ぶ
日本海が広がる
大間越街道沿いに位置してる事から、
交通・海上を掌握。
像岩・かんざし岩などの
海沿いには浅瀬の岸壁があり、
船からの侵攻は土地勘がなければ
船が岸壁に乗り上げますので
なかなか難しかった事でしょう。
檜山安東時代には
ここから津軽地方へと侵攻を進め、
蝦夷まで交易を行う際の貿易拠点して
使用された事も想像できます。
史跡までの道沿いは坂道ですが
東屋もあり綺麗に整備され
散策は比較的に楽に行え、
周囲の海沿いの景色も良いですので
ぜひ散策に訪れてみてください
以上森山城の歴史と史跡のご紹介でした。
こちらが森山城の場所です。
近くに車を停車できる
スペースがあります。
青森県西津軽の城郭
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