KABUO原付CUBで激走。山形東北歴史・史跡・グルメ巡りの旅(時々海外も)

故郷山形を中心に東北各地の歴史や史跡、グルメなんかを読者の方々に詳しくご紹介出来ればと思います。

羽後町の歴史と史跡をご紹介!👘

どーもKABUOです。

 

秋田県雄勝地方の歴史と史跡を

巡る旅に行ってきました。

古代に創建された三輪神社や

中世の城跡西馬音内城と

古代から江戸時代近世までの

町の歴史や史跡をご紹介します。

 

 

 

 

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羽後町の歴史と史跡をご紹介!

 

羽後町役場

 

湯沢市中心街から西部に位置し

町の中心部には

西馬音内川が流れる羽後町。

1955年、西馬音内町・三輪村

元西馬音内村・新成村・田代村

仙道村と明治村の一部が合併し

羽後町が成立しました。

町名の由来は明治元年に成立した

羽後国が由来となっています。

 

 

 三輪神社

 

原始・古代の時代

羽後町西馬音内・足田地区から

数多くの原始遺跡が発見されており、

雄勝郡地域の中でも

最も拓けた場所だったと推測出来ます。

 

奈良時代・平安時代に入りますと

朝廷は北進政策が取られると、

出和国・陸奥国に進出が行われ

先住民である蝦夷との間で衝突が起こり

両者の間で度々争われる事となりました。

羽後町では秋田城を結ぶ街道が整備され

地域を管轄する雄勝城が築かれたとされ

現在アルカディア公園がある足田遺跡が

雄勝城の場所だったと推定されています。

(諸説あり)

 

雄勝城の造営にあたり

雄勝郡の中心地となりました羽後町には

他地域から多くの農民の移住が始まり

地域の開拓が進められました。

こちらの三輪神社の養老年間(717-724)に

創建されたと伝えられており

国指定重要有形文化財に指定されています。

 

三輪神社の歴史と史跡を

詳しく紹介した記事はこちらです。

www.yamagatakabuo.online

 

 

十三本塚

 

中世の時代

鎌倉幕府の成立後、

奥州合戦によって奥州藤原氏は滅亡、

小野寺道綱はその恩賞によって

雄勝群の地頭職に任命され入部すると

この地域の統治を行いました。

羽後町床舞には小野寺氏と婚姻を結んだ

三浦和田一族の高石氏が入部したと

記録に残されています。

 

こちらの十三本塚は

鎌倉時代に築造されたと伝えられており、

かつて雄物川が氾濫し三輪神社を

目掛けるようにこの地帯を流れたら

ある高僧が神仏に祈祷し

十三の塚を築き経文を埋めたとされ、

秋田県指定史跡に登録されています。

 

 

西馬音内城跡

 

戦国時代

小野寺氏は雄勝・平鹿・仙北地方含む

秋田県南部で勢力を広げ、

由利郡と領地を接する西馬音内に

支族を配置し西馬音内城を築城、

現在の西馬音内堀回を中心に

城下町を形成しました。

 

西馬音内8代城主小野寺茂道の時代、

関ヶ原の合戦が起こり

主家小野寺義道は西軍方に味方すると、

東軍方の山形城主最上義光によって

攻め込まれ城は落城しました。

 

現在西馬音内城は整備され

史跡散策が可能となっており、

近くには西馬音内城主の菩提寺、

西蔵寺や城門跡が残され

秋田県指定史跡に登録されています。

 

西馬音内城の歴史と史跡を

詳しく紹介した記事はこちらです。

www.yamagatakabuo.online

 

 

前郷神社

 

近世の時代、関ヶ原の合戦後、

茨城県常陸国より佐竹義宣が

秋田県に入部し久保田藩を立藩。

羽後町全域は佐竹氏によって統治され、

西馬音内を通る本庄街道が整備され

宿場町が設けられた事から

現在の中心地の町並みが形成されました。

 

こちらの西馬音内地区中心街にあります

前郷神社は1678年に創建され

本殿は羽後町指定有形文化財に

登録されています。

 

西馬音内地区中心街を

ブラリ散策した記事はこちらです

www.yamagatakabuo.online

 

 

西馬音内盆踊り会館

 

現在羽後町では国重要無形民族文化財に

指定されている西馬音内盆踊りや

江戸時代より食べられている

ご当地グルメ西馬音内そばを頂ける等

古い町並みが残るとても素敵な町でした

秋田県にお越しの際は

ぜひ羽後町に観光に訪れてみてください。

 

 

こちらが史跡の場所です。

 

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