KABUO原付CUBで激走。山形東北歴史・史跡・グルメ巡りの旅(時々海外も)

故郷山形を中心に東北各地の歴史や史跡、グルメなんかを読者の方々に詳しくご紹介出来ればと思います。

湯沢市 小野城の歴史と史跡をご紹介!🏯

どーもKABUOです。

 

秋田県湯沢市の歴史と史跡を巡る

旅に行ってきました。

今回は中世の城跡

小野城の歴史と史跡をご紹介します。

 

 

 

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小野城の歴史と史跡をご紹介!

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雄物川

 

湯沢市泉沢字古館にあります小野城跡、

別名宝竜館・舞鶴城・びっき館と呼ばれ

標高210mの丘陵地帯に築かれた山城、

3条の堀切とこれに連続する堅堀を配し、

南と東は急峻な崖で、南は雄物川、

北は100m×40mの広さを持つ

自然の地形を活かした天然の要害となっており、

湯沢市指定史跡にも登録されています。

 

アクセスの方法ですが、

国道13号線から泉沢橋を渡ると

左側に小野城趾と書かれた看板があるので

そこから南に1km程でお城に到着出来ます。

 

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小野城跡

 

古館地区の集落に到着。

地名からこちらの集落は平時の際、

小野城の家臣団の館が設けられたと考えられ、

小野城までの駐車場も完備されていました。

 

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小野城の散策路ですが

表コースと裏コースから別れており、

表コースは雄物川や湯沢市の町並みの

美しい風景が望むことが可能ですが、

急な上り坂で足場が悪く滑りやすいので

比較的にゆるやかな上り坂である

裏コースから登り帰る下りは

表コースから帰るのをおすすめします。

 

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小野城本丸跡

 

小野城の歴史ですが

1189年、奥州藤原氏との戦いで

戦功をあげた小野寺氏が

雄勝郡の地頭職に任命、

その後小野寺氏が入部し稲庭城を築城すると、

建長・文永(1249~1274年)頃

院内にある三浦氏の法領館の押さえとして

小野寺氏の家臣姉崎六郎によって

築城されたと伝えられており、

後に法領館を攻め混み落城させ

小野寺氏の支配下に組み込まれました。

 

裏コースから登り本丸に到着。

訪れたのが紅葉染まる11月の秋頃、

史跡の案内板が整備されていましたが

草木が生えすぎて

遺構の様子がよくわかりませんでした( 。゚Д゚。)。

散策する際は草木が伸びる前の春頃が

良かったのかもしれません。

 

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隠れキリシタンの遺構

 

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小野城から望む風景

 

その後小野寺氏は雄勝・平鹿・仙北郡一帯まで

勢力を広げる戦国武将として活躍しましたが、

周辺勢力との争いによって

徐々に国力を落とすと、

1590年、太閤検地が行われると

領土内で検反対一揆が多発した事により、

その責任をおって領土の3分の1を削れられ

山形城主最上義光に与えられる

裁定が行われたがこの事を不服とした

当主小野寺義道は領有を続けたが、

1593年、一揆鎮圧を口実に

最上軍が侵攻を進め

城主町田長右衛門は土民300余人と共に

籠城したが破られ落城しました。

 

帰りは表コースから下だって行きます。

足場は悪いですが写真のように風景がよく

雄物川が天然の堀の役割を果たしていた事が

ここからよく見て分かるかと思います。

また道中こちらの石仏があるのですが

その裏には十字の模様があることから

隠れキリシタンの遺構だとさえr

江戸時代秋田藩での布教活動では

院内銀山を中心に布教活動が行われ

それに関連した遺構だと考えられています。

 

今回遺構の一部分は草木が繁っていた為、

はっきりと分かりにくい所はありましたが、

本丸や表コースから望む風景を見るだけでも

おすすめする価値がありますので

湯沢市にお越しの際は小野城に

ぜひ足を運んでみてください。

以上小野城の歴史と史跡のご紹介でした。

 

 

こちらが小野城の場所です。

 

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