どーもKABUOです
巡る旅に行ってきました。
今回は荒楯不動尊の歴史をご紹介します。
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荒楯不動尊の歴史と史跡をご紹介!卍
その歴史ですが今から遡る事400年前、
1584年、山形城主最上義光によって
天童城主天童頼澄は戦いに破れ滅亡、
尾花沢に郡代が派遣されました。
尾花沢郡代でありました新館十郎は
尾花沢の台地の東朧気川左岸の
要害の地に楯を築き
荒楯(新館)と呼ばれました
荒楯不動尊へは尾花沢荒楯地区から
アクセスすることが可能で、
目印はこちらの大聖不動明王の石柱、
こちらか道を真っ直ぐ進むと
荒楯不動尊に到着できます。
荒楯山の一部を削平して築城された山城で、
曲輪・土塁・空堀等遺構残存状態は良好、
主曲輪の標高は178m、
主曲輪には居館があったと思われており、
荒楯は防御上西側が弱点だったため
守護神として大聖不動明王
(荒楯不動尊)を祀った説や
のちに本町薬師坂の上に楯を移し、
楯跡に荒楯不動尊を祀った説などがあります。
北は朧気川、南は五十川、
四方を小高い丘に囲まれており、
自然の地形を良く活かして築城された荒楯、
Googleマップで見ますと確かに
西側は低地となっており攻めやすく、
荒楯不動尊を祀った理由が良くわかります。
周囲には車1・2台は停車出来る
スペースはありますので
そちらから不動尊へと向かうことが出来ます。
朧気川から参道を歩くと鳥居に到着。
参道の右側は少し傾斜がありながら
下は平地となっておりなにかしらの
建物が建造されていたと思われます。
不動尊までは少し急勾配ですので
参拝の際はしっかりとした靴を履いて
散策を行ってください。
荒館不動尊に到着、
最近では高校・大学の入試等。
各種受験合格にご利益があるとして
多くの受験生が参拝に訪れています。
参拝も良いですが中世の館跡しても
史跡もしっかりと残されており
見ごたえがありますので
尾花沢市に観光の際は、
ぜひ荒楯不動尊に訪れてみてください。
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