どーもKABUOです。
山形県東根市の歴史と史跡を
巡って来ました。
今回は東根城を中心に形成された
東根市の旧城下町の景観や歴史を中心に
町の様子をご紹介します。
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山形県東根市をブラリ旅🏯
東根城本丸跡
(現東根小学校)
養源寺
(東根城主菩提寺)
東根市の城下町が形成された歴史ですが、
鎌倉時代、武蔵国の御家人中条兼綱が
当時小田島荘と呼ばれた地頭として
この地に入部しその子孫は小田島氏と称し
1347年、東根城を築城しました。
時は南北朝時代の動乱、
小田島氏は南朝派に属し北朝派と対抗するが、
1356年、斯波兼頼が山形に入部すると
当時村山地方南朝派最大勢力でありました
寒河江氏を漆川の戦いで勝利を収めると
小田島氏は東根城を捨て敗走。
兼頼はその後最上と名を改めて
山形城を中心に一族を各地に配置し
村山地方の統治を行いました。
東根城の歴史や史跡を
詳しく紹介した記事はこちらです
東根城二の丸跡
(現東の杜)
東根には兼頼の子孫にあたる
天童城主天童頼直の四男頼高が入部し
東根氏と称して統治を行います。
しかし時代が流れ戦国時代に差し掛かると
最上家11代当主最上義光と天童氏が対立、
東根氏は親族である天童氏や村山地方の
国人衆と同盟を結び対抗しましたが、
調略により家臣里見景佐は主君を見限り
義光に味方し東根氏及び
天童氏を滅ぼしました。
東の杜さんの歴史や施設を
詳しく紹介した記事はこちらです
その後東根城は景佐に与えられると
城下町の整備が行われ城外には町屋が置かれ
旧八日町・一日町・六日町と
現在の東根市本町の原型を整えましたが、
1622年、最上家の改易によって
村山地方の統治者が目まぐるしく変わる中、
1661年、東根城は廃城、
二の丸跡地に東根陣屋が設けられ
幕府の天領として幕末・明治を迎えました
1911年に東根駅の開業、
太平洋戦争の敗戦後は
神町に米軍が駐留した後、
昭和中期より大森に工場の誘致が行われると
現在の東根市中央を中心に都市開発が行われ、
1989年、東根市役所新庁舎が完成、
1999年にはさくらんぼ東根駅が開業され
イオンやスーパー、飲食店が多く並ぶ
現在の駅前を中心にした街が形成されました。
市役所移転に伴い、
東根市旧中心街でありました東根市本町は
衰退を余儀なくされましたが町を歩くと
昔ながらの和菓子店等のレトロな商店が並び
古い蔵も多く残っている事から
最近ではリノベーションされ
お洒落なカフェなんかもオープンされ
町を歩くと新市街地とは
また違った味わいが楽しめます。
現在東根市旧城下町内には
東根小学校内にあります
国指定天然記念物東根の大ケヤキや
東根城にまつわる文化財や史跡が
数多く存在し見ごたえがあります。
山形県に観光にお越しの際は
東根市にぜひ訪れてみてください
以上たまに行くならこんな城下町
山形県東根市をブラリ旅のご紹介でした。
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東根市の歴史や史跡の
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