KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

米沢市 米沢藩主上杉家廟所の歴史と史跡をご紹介!卍

どーもKABUOです。

 

山形県米沢市の歴史と史跡を巡る

旅に行ってきました。

今回は江戸時代米沢藩の藩政を行った

上杉家の墓所米澤藩主上杉家廟所の

歴史と史跡をご紹介します。

 

 

 

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米沢藩主上杉家廟所の歴史と史跡をご紹介!卍

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入場時間 9︙00−17︙00

入場料  400円

(JAFカード提示で割引あり)

 

米沢市御廟にあります上杉家廟所。

地元では御廟所・御霊屋とも呼ばれ、

その歴史ですが1600年、

関ケ原の合戦後、西軍に属した上杉家は

徳川家康の命により会津120万石から

米沢30万石の減封を言い渡され

米沢藩が立藩した事から始まります。

 

上杉家と言えば

新潟越後を本拠地に活躍した

上杉謙信が特に有名ですが

謙信の死後その遺骸は

漆を塗り甲冑を着せて埋葬されました。

謙信の後を継いだ上杉景勝は

豊臣秀吉の命により会津に転封を命じられると

謙信の霊柩を越後から会津に移します。

そして米沢へと移封が決まりますと

米沢城本丸に御堂を建立し

謙信の霊柩を安置しました。

 

こちらの上杉廟所は

米沢城で火災等の一大事があった場合

謙信の霊柩を避難させる場所として

設けられたと伝えられています。

 

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1623年、

初代米沢藩主上杉景勝が亡くなると

東西109m・南北181mの墓域を定め

位牌をまつった事から

以降12代に渡り上杉藩主墓所となりました。

 

景勝の墓所を中心に左右交互に

歴代上杉藩主の廟が設けられ

廟の前には拝殿が造営されます。

周辺には千基も超える

石灯篭が並んでおりましたが、

戊辰戦争を経て米沢城は廃城、

謙信の霊柩も上杉家廟所に移されると

拝殿や石灯籠は撤去されてしまい

参道も新しく整備され

現在の形へと生まれ変わり

国指定史跡にも登録されています。

 

参道には中央には上杉謙信の廟が建立、

上杉景勝や名君上杉鷹山等

歴代藩主の廟が並び、

夏の暑い季節に訪問しましたが

木々に囲まれ水路が引かれているため

夏場でもとても過ごしやすく

静寂な神聖な空間を味わうことができる

おすすめスポットです。

 

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上杉家廟所前にあります法音寺は

上杉家歴代藩主の菩提寺で

越後春日山城からこの地に移り

米沢城本丸にあります

謙信を祀る御堂に勤仕する

真言宗二十一ヶ寺の筆頭寺院となって

謙信の供養を長くに渡り行いました。

社宝であります金銅舎利塔と

密教法具の金銅五鈷鈴・金銅五鈷杵は

山形県文化財に指定されています。

 

その他境内にあります

上杉家墓所資料館では

当時の廟所絵図や貴重な資料が並び

上杉家の歴史を学ぶ事が出来ますので

米沢市に観光のお越しの際は

上杉の城下町と米沢城と共に

米沢藩主上杉家廟所にご来寺してください

 

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