KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

河北町の歴史と史跡をご紹介!(戦国谷地城と紅花商家繁栄偏)🏞

どーもKABUOです。

 

山形県西置賜郡河北町の

歴史と史跡を巡る旅に行って来ました。

中世の城跡、谷地城・溝延城をはじめ

近世紅花栽培で栄えた同町の

歴史と史跡を1部・2部に分け

ご紹介しています

 

前回の記事はこちらです

www.yamagatakabuo.online

 

今回は谷地城を中心に

この地を治めた白鳥氏や

近世江戸時代に紅花商家が栄えた

歴史や史跡を戦国〜近世・近現代と

ご紹介します。

 

 

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河北町の歴史と史跡をご紹介!(戦国谷地城と紅花商家繁栄偏)🏞

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白鳥十郎長久の墓(東林寺)

 

谷地城主白鳥長久は巧みな政治手腕を発揮し

村山地方で存在感を示しましたが

村山地方の統一を目指す最上義光と対峙、

1584年、病気と偽り

山形城に呼び寄せた義光によって誘殺、

主君を失った家臣団は谷地城に籠城するも

最上軍によって攻め込まれ敗退し

谷地城は接収される事となりました。

 

河北町谷地にあります東林寺にあります

白鳥十郎長久のお墓は白鳥氏滅亡後

菩提寺でありました種林寺が廃寺となった為

それを引き継ぐ形をとり建立されました

 

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谷地城本丸跡(三社宮)

 

1600年、東北の関ヶ原慶長出羽合戦の折

上杉軍が最上領土へと侵攻が行われると

尾浦城主下秀久は谷地城を攻略しましたが

東軍方の徳川家康の勝利により

上杉軍は撤退を行ったのですが

うまく情報伝達が伝わらず秀久は孤立、

谷地城に籠城するものの最上軍の猛攻によって

降伏を余儀なくされました。

 

その後、最上氏蔵入地として統治されましたが

1622年、  最上氏の改易により

谷地城は廃城、

河北町域は幕府領・新庄藩領へと分割統治され

明治維新を迎える事となります。

 

現在谷地城は宅地開発によって

遺構のその殆どは消失してしまいましたが

本丸の鬼門に建立された三宮社と土塁跡は

現在でも残されており

河北町指定史跡に指定されています。

 

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紅花資料館

 

近世の江戸時代、

全国的に有名な最上紅花は

村山地方で生産されたもので、

紅花栽培には朝露の深かかる所がよく、

最上川河畔に多くの畑地をもつ

河北地区は村山地方の総生産量の

4分の1から3分の1を締め

栽培適地で最上紅花生産の中心地であり

また谷地地区は最上川舟運をひかえ

産業・交通・立地にも恵まれ

山形藩に次ぐ商業地として発展しました。

 

こちらの紅花資料館は

紅花の豪商として栄えた

堀米四郎兵衛の屋敷跡で

館内では紅花の栽培や歴史を学べる他に

館内には武器や生活用品および

古文書が5000点を保存しており

町指定文化財に指定されています。

 

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いもこ列車(河北中央公園)

 

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谷地駅跡(道の駅 河北)

 

近代の時代

明治末期から大正はじめにかけて

河北地方は農業蚕業をおもな産業とし

特産物として草履・清酒等の生産を行い

馬車などによって輸送していたが

輸送力に限界がありました。

 

河北町谷地の実業家升川勝作氏は

地域経済復興の手段として

大量輸送が必要であると痛感し

1915年、谷地軌道株式会社を設立し

谷地↔東根市神町間に5.6kmの軌道を敷設、

山形県内私鉄第1号として営業を開始し

1935年に廃止されるまでの約20年間

この地方の重要な交通機関として

活躍しました。

(現地案内板引用)

 

現在河北中央公園に

いもこ列車の愛称で呼ばれた

当時使用された蒸気機関車が展示されており

年6回の一般公開の際は

列車に搭乗することも可能です。

 

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道の駅かほく

 

現在河北町ではさくらんぼの栽培や

全国一の生産を誇る国産スリッパ製造の他、

紅花を活かした観光産業や

ご当地グルメ谷地の肉そば等

様々な取り組みが行われております。

 

山形県に観光にお越しの際は

ぜひ河北町に訪れてみてください

 

以上、

河北町の歴史と史跡のご紹介でした。

 

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