KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

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山辺町の歴史と史跡をご紹介!(近世~近現代編)🏯

どーもKABUOです。

 

山形県東村山郡山辺町の

歴史と史跡を巡る旅に行ってきました。

前回は原始古代から中世戦国時代の

歴史をご紹介しました

 

前回の記事はこちらです

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今回は近世江戸時代から近現代までを中心に

山野辺城の歴史や世界の良心と讃えられた

安達峰一郎氏の生家等

山辺町の歴史と史跡をご紹介します。

 

 

 

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山辺町の歴史と史跡をご紹介!(近世~近現代編)🏯

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山野辺城趾(山辺小学校)
 

山辺城の歴史ですが

前九年の役(1051年~1062年)、

須賀川山辺氏によって

築城されたのが始まりとされ

その後、山辺氏は最上氏一族により

組み込まれる事となりました。

 

1514年、伊達稙宗の挙兵により

最上軍と共に城主山野辺刑部が

長谷堂城で籠城するも戦死、

その後、山野辺城には

最上氏家臣日野備中守が城主を務めましたが

直江兼続の軍勢の猛攻により落城したと

記録に残されております。

 

近世の時代

関ヶ原の合戦後、最上義光は山形藩を立藩。

四男義忠が1万9300石与えられ

山辺城に入城、

名を山野辺義忠と改め城主となりました。

 

義忠は城下町の整備を図り、

周辺の城下に通じる街道の入り口には

了広寺・竜徳寺・浄土寺・専念寺などの

寺院を配置して戦闘場面での

防御陣地を想定して城下を構築し

治世の安定を図るなどの善政を行います。

 

また非常に優秀な人物であった為、

山形藩二代目藩主最上家親の死後、

家親の嫡男義俊が当主となるも

国政には関心が無く酒や女に溺れる

人物であったため実力や人望が無く、

家臣団の鮭延秀綱や楯岡光直ら多くの家臣から

義忠を当主へと押す声があがると

最上家臣団は義俊派と義忠派に分裂し

家中が分断されるという結果となりました

 

その後、収集がつかないことから

江戸幕府はこれを重く受け止め

1622年、最上家は改役を命じられ

山野辺城は廃城、

義忠は岡山藩へと流罪となり

35歳から46歳までの12年間

幽閉生活を送ります

 

1633年、

徳川家光の命により水戸藩主徳川頼房に

その身柄が預けられ1万石を得て

水戸藩家老職へと異例の抜擢を受けると

徳川光國の教育係を任せられる等、

山野辺一族は生涯に渡り

水戸藩に置ける重要な役職を

務めあげる事となりました。

 

山辺城は住宅街の開発によって

お城の遺構は殆ど残されておりませんが

山辺小学校周辺を歩きますと

城下町の風情を感じる町並みをしており

町中を散策しても面白いかと思います

 

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山野辺陣屋跡

 

最上家改易後、鳥居・保科氏と

山形藩の領主は目まぐるしく変わる中、

1644年、松平直基が入部すると

山辺の幕府直轄の領地へと編入され

山野辺城跡には代官所が置かれる事となります。

1823年、白河藩に阿倍正権が入部すると

山辺・大蕨・鮨洗・金澤・柳澤・岡・成生

大谷・大暮山・用・深澤・伏熊・上下萩野戸の

飛び地を統治する事となり山野辺城二の丸跡に

山野辺陣屋を設立する事となりました

 

明治維新後、大部分は解体されましたが

陣屋で使用された玄関は山辺小学校に移築され

山辺町指定有形文化財に登録されています。

 

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安達峰一郎生家

 

明治時代、

山辺町旧高楯村出身の安達峰一郎氏は

メキシコ・フランス・ベルギーで大使を

歴任された優秀な外交官でした

また欧米列強が中心となる世界外交の中

アジア系では初となる常設国際司法裁判所

(現在の国際裁判所)の所長にも就任し

国際平和に尽力し多大な功績を残されました

しかしその後、

満州事変や日本の国際連盟脱退等に苦悩し

心臓病を患いこの世を去る事となります

 

現在彼の生まれた生家は町で保存され、

敷地内に隣接する北部公民館には

同氏に関連する様々な資料が展示され

彼の功績を現代でも伝えておりました。

 

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玉虫沼農村公園

 

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オリエントカーペット


現在山辺町では米・さくらんぼ

ラ・フランス・イチゴの栽培の他に

江戸時代より染色業の発達から

ニットや手織りの絨毯等、

繊維業が盛んに行われ、

全国的にも有名なオリエントカーペットの

本社は山辺町にあります。

 

また豊かな自然や温泉にも恵まれ

毎年玉虫農村公園では

ラベンダー祭り等が開催され

多くの観光客が訪れております。

山形県に観光にお越しの際は

ぜひ山辺町に訪れてみてください。

 

以上、

山辺町の歴史と史跡のご紹介でした

 

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