KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

黒石市の歴史と史跡をご紹介!🏞️

どーもKABUOです。

 

青森県津軽地方の歴史と史跡を

巡る旅に行ってきました

今回は城下町の雰囲気が色濃く残る

黒石市の歴史と史跡をご紹介します。

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

黒石市の歴史と史跡をご紹介!🏞️

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190813164733j:plain

 

黒石駅

 

黒石市の歴史ですが1954年

黒石町、中郷村、六郷村、山形村、

浅瀬石村が合併し黒石市となります

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190813174238j:plain

 

黒石市役所

 

地名の由来は

古来蝦夷の住んでいる所を

「くじす」「くにす」と呼ばれ

黒石はそれぞれ転訛したものと

言われていますが詳細は不明です。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190814062720j:plain

 

浅瀬石川

 

原始・古代の時代

黒石市には原始・古代の遺跡が

50余り浅瀬石川流域から発見されており

古くから集落を形成されておりました。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190813163230j:plain

 

旧黒石城趾

 

中世の時代。

鎌倉時代に入りますと

平川市平賀地区に地頭代に任された

曽我氏一族によって黒石市と南津軽郡一帯を

統治される事となります。

 

南北朝時代。

1333年鎌倉幕府が滅亡すると

北条一族の安達高景と名越時如が

この地まで逃れ曽我氏によって匿われますが

朝廷側による追撃と一族の離反によって

曽我氏は滅亡。

 

この合戦の恩賞で田舎館郡地頭代でありました

工藤貞行がこの地を授かり

黒石城を築城し統治するのですが、

貞行の娘かいず御前を

南部地方で勢力を拡大させていた

南部信政に嫁がせます。

 

貞行の死後、南部信政はかいず御前の子

力寿丸に領地を与え黒石地方は

南部氏一族が所領する事となり、

黒石の地名が文献上で

初めて記載された出来事でありました。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190813182202j:plain

 

浅瀬石城趾

 

南部氏の所領になるのですがその後、

南部氏家臣であります

浅瀬石城主千徳氏に与えられ

350年余りこの地方を統治します。

 

1597年、南部氏の一族であった大浦為信は

千徳政氏と同盟を結び南部氏に反旗を翻えすと、

千徳政氏と南部氏が交戦する事となるのですが

この時為信は援軍を送らなかった事から

両者不和となりその後、為信に攻めこまれ

浅瀬石城は落城し千徳氏は滅亡。

以降、大浦為信は名前を津軽為信と改め

津軽地方を統治する事となりました。

 

津軽為信の歴史と史跡を

紹介した記事はこちらです

www.yamagatakabuo.online

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190813181551j:plain

 

じょんがら節発祥の地

 

津軽を代表するじょんがら節。

その歴史は千徳氏の滅亡の最中、

神宗寺の常縁和尚が千徳氏代々の位牌を

抱いたまま浅瀬石川に身を投げ果てます。

 

その後、和尚の亡骸が発見されると

不憫に思った近隣村民によって埋葬され

千徳氏の悲運を嘆き、常縁和尚の名を借りて

唄った口説節がじょんがら節の発祥だとされます

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190813160657j:plain

 

黒石陣屋跡

 

江戸時代

弘前藩が立藩されるのですが

3代目藩主信義が早死してしまい

4代目藩主信政がまだ幼少だった為、

幕府の指示により叔父の津軽信英が

後見人を引き受けます。

 

信政が弘前藩を継ぐと同時に

信英は黒石と平内、飛び地領地である

上野国大舘5000石を分知されると、

黒石陣屋を中心に城下町を形成。

 

その後、1809年

1万石まで加増され黒石藩が立藩され

明治時代までこの地を治める事となり

現在の黒石市の基礎を築きあげました。

 

弘前藩の歴史と史跡は

こちらで紹介しています

www.yamagatakabuo.online

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190813160314j:plain

 

黒石神社

 

黒石の基礎を築き上げた津軽信英の死後、

信英の遺命によって儒道で埋葬され

陣屋の東側の地に埋葬されたのが始まりで

1879年、旧士族によって神社が創建され

現在に至ります。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190815152832j:plain

 

長谷沢神社

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190814064702j:plain

 

中野神社

 

長谷沢神社と中野神社は

碇ヶ関ににあります國上寺と合わせ

津軽三不動と呼ばれており

三不動を一日でまわれば願いが叶うとされ

多くの参拝客が訪れ、

また中野神社は秋になりますと

弘前藩9代藩主津軽寧親が

京都から移植した100種の楓が赤く染まり、

紅葉の見頃を迎えると大変賑わいを見せます

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190814070811j:plain

 

黒森山浄仙寺

 

1824年、是空行者によって

開山されたこちらのお寺は明治の始め頃、

寺子屋「黒森学校」が開かれ

津軽一帯から多くの志を持つ若者が集まり

政治、経済、文学と多くの有名人を

排出した歴史があるお寺になります。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20190813172747j:plain

 

中町こみせ通り

 

現在黒石市では藩政時代に築きあげられた

城下町の雰囲気が現在でも残されており

京都や秋田角館の武家屋敷ともまた違う

雪国東北ならではの貴重な建造物が

多く残されており多くの

観光客が訪れております。

 

青森県に観光に訪れましたら

ぜひ黒石市に観光に訪れてみてください

 

以上

黒石市の歴史と史跡のご紹介でした

 

ランキングに参加しています

記事の内容がよろしければ

バナークリックをお願いします

にほんブログ村 旅行ブログ 東北旅行へ
にほんブログ村

 

 

こちらがアクセス場所になります。

 

おすすめ関連記事

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

 

スポンサーリンク