KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

平川市 六羽川合戦の歴史と史跡のご紹介!⚔️

どーもKABUOです。

 

2019年、青森県津軽地方を

原付CUBで巡って来ました。

 

今回ご紹介しますのは、

津軽為信と檜山安東氏が争った

六羽川合戦の歴史と史跡をご紹介します。

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

六羽川合戦の歴史と史跡のご紹介!⚔️

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20200213221619j:plain

 

大光寺城趾

 

まずは六羽川合戦に至った経緯から

ご紹介します。

 

1579年

津軽統一を目指す津軽為信は

策略を練り石川城を手始めに

浪岡城主、浪岡顕村、

大光寺城、滝本重行等、

南部氏配下であった有力国人を攻め立て

各居城を攻略して行くのであります。

 

その際、乳井城主、乳井建清は、

父、玄蕃を滝本重清に暗殺された事から

父の仇討ちも兼ねて為信の配下に加わり、

大光寺城を攻め落としたのでありました

 

そして浪岡氏の一族は顕村の婚姻関係であった

檜山城城主安東愛季を便り

滝本重行と共に落ち延びます

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20200213221719j:plain


乳井茶臼館跡 

 

浪岡城の攻略に伴い

津軽為信と安東愛季の間に亀裂が生じると

安東氏配下である比山六郎、比山七郎の他に

大館城主、浅利勝頼と滝本重行、

浪岡一族、北畠顕則の連合軍と組み

乳井建清の留守を狙い

居城、乳井城と乳井茶臼館を

攻め立て攻略します。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20200213221832j:plain

 

六羽川

 

そして平川市を流れる六羽川の畔で

両軍が激突すると為信は劣勢に立たされますが

配下の田中太郎五郎が

為信の身代わりとなり戦死すると

為信を討ち取ったと油断した

連合軍は隙をつかれ大将であった

比山六郎が討死する事となり

敗走する事となりました。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20200213221915j:plain

 

田中太郎五郎戦死之跡

 

その後、身代わりとなって討死した

田中太郎五郎の嫡子宗右衛門に

100石加増し津軽家家臣として

厚遇しました

 

こちらの碑は田中太郎五郎の子孫である

元外交官佐藤尚武によって

1959年に建立された物で

当時この場所で激しい戦が行われた事を

物語っております。

 

以上

六羽川合戦の歴史と史跡のご紹介でした。

 

ランキングに参加しています

記事の内容がよろしければ

バナークリックをお願いします

にほんブログ村 旅行ブログ 東北旅行へ
にほんブログ

 

 

こちらがアクセス場所になります。

 

スポンサーリンク