KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

檜山城の歴史と史跡のご紹介!🏯

どーもKABUOです。

 

秋田県能代市にあります城跡、

檜山城の歴史と史跡の

調査を行いましたのでお城の様子と

周辺地域の史跡をご紹介します。

 

 

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

 

檜山城の歴史と史跡のご紹介!

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191212222509j:plain

 

檜山安東氏城館跡

 

中世に築城された檜山城。

 

檜山城の歴史ですが

1456年、安東政季によって

築城したと記録に残されております。

 

安東氏は津軽地方を拠点に

蝦夷や中国大陸、日本海沿いにかけ

貿易を行い強大な勢力を誇った豪族でした。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191212222547j:plain

 

しかし家中の内紛が絶えず国力が低下すると

安東氏は津軽地方を統治する宗家と

秋田地方に下った分家へと分裂します。

 

その後、津軽地方に残った津軽安東氏は

南部氏との抗争に破れ津軽を放棄し

蝦夷へ逃れた後、  分家の湊安東氏を頼り

能代市檜山地区に移住すると

檜山安東氏と呼ばれるようになりました。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191212222616j:plain

 

檜山城主 安東愛季

 

檜山安東氏が最盛期を迎えたのが

安東愛季の時代です。

 

愛季は長く分裂した檜山、湊安藤氏を統一し

比内地方を治めた浅利氏との戦を征し

能代市、八峰町から大館市比内地方まで

勢力を広げ知勇にたけた人物でした。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191212232751j:plain

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191212235139j:plain

 

檜山崇徳館

 

安東愛季について

ルイス・フロイトの書簡によると

「日本の極北にて、都より約三百リーグを隔つる所に一大国あり、野獣の皮を着、全身多毛、髪髭頗る長き蛮人之に住す。(中略)蝦夷に近きゲスエン地方に秋田という大市あり。彼等は多数此市に来りて貿易し、秋田人も亦時々蝦夷に赴く」

(Wikipedia引用)

との記述が残されており

斗星の北天に在るにさも似たりと

評されました

 

檜山地区にあります檜山崇徳館では

檜山城と檜山安東氏にまつわる

展示物が並べられ歴史を学ぶ事が出来ます。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191214020309j:plain

 

母体八幡神社

 

こちらの神社は

坂上田村麻呂によって創建され

檜山城の鬼門にあたり

湊安東氏よ併合した安東愛季が

武運長久を願って再建したと

伝わっております

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191212232705j:plain

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191212234502j:plain

 

檜山城本丸跡

 

その後、安藤愛季の息子、実季が跡を継ぐと

湊安東氏との間に亀裂が生じ内紛が起こると

劣勢に陥り約5ヶ月以上に渡り檜山城で

籠城戦を展開し味方の援軍もあり

見事内紛を治めると実季は湊安東氏の

居城であった湊城に居住を移し

檜山城は家臣の大高康澄の代官地となりました

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191213000005j:plain

 

多賀谷氏居館跡

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191213000129j:plain

 

多宝院

 

1600年、関ヶ原の合戦の後、

安東実季は常陸の国へと転封になると

かわりに佐竹義宣が入部すると

久保田藩を立藩し秋田県内を統治します。

 

佐竹氏は小場義成を檜山城の城代としますが

1610年、小場義成りを大館城に入城すると

かわりに多賀谷宣家を檜山城主に任命、

檜山一万石を受けましたが

1620年、江戸幕府の一国一城の命によって

廃城となりました

 

こちらの写真は廃城たなった後に

多賀谷氏の居館になった跡地と

常陸の国からわざわざ呼び寄せ創建させた

同氏の菩提寺となった多宝院になります。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191214014930j:plain

 

国清寺跡

 

1504年

安東忠季によって創建された

安東氏の菩提寺となったお寺跡。

安東氏の常陸の国の転封にともない

廃寺の運命を辿りましたが

現在も史跡跡として名残が残されております

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191214020728j:plain

 

 浄明寺

 

安東氏一族によって

創建されたと伝わる浄明寺。

山門は檜山城から払い下げられ

城下がりの門と言われており

境内には安東愛季によって

謀殺された浅利勝頼の首を葬ったとされる

首塚が残されておりました

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191213001114j:plain

 

檜山追分旧羽州街道松並木

 

その後、秋田久保田城と津軽弘前城を

結ぶ羽州街道が整備されると

檜山地区には宿場町が形成され

人々の往来が増え栄えたと記録されており

当時の名残を残す街道の松並木が

現在でも残されておりました

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191213000601j:plain

 

檜山茶

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20191213000631j:plain

 

檜山納豆

 

現在檜山地区では

室町時代から製法される檜山納豆や

日本で最も北で栽培される北限の檜山茶が

栽培されており城下町の風情が残る

町として注目を浴びており

檜山城を含む、国清寺跡、

大館跡、茶臼館跡は

国指定史跡として登録されている

文化遺産となっております

 

檜山城と一緒に檜山地区の

観光にぜひ行ってみてください

 

以上

檜山城の歴史と史跡のご紹介でした

 

ランキングに参加しています

記事の内容がよろしければ

バナークリックをお願いします

にほんブログ村 旅行ブログ 東北旅行へ
にほんブログ

 

 

アクセス場所はこちらになります。

 

おすすめ関連記事

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

スポンサーリンク