どーもKABUOです。
山形県最上町にありますお城跡、
小国城を散策して参りましたので
お城の歴史や史跡をご紹介します。
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小国城の歴史と史跡をご紹介!
小国城跡
最上町本城にあります小国城。
絹出川沿いの小高い丘に
築城された山城になります。
築城時代は不明ですが
天正年間(1573~92)
小国郷と呼ばれたこの地に、
細川直元によって山の中腹に
岩部楯が築城された事が
小国城の前身となります。
小国城の場所はこちらです。
近くにあります公民館に
駐車スペースがありますので
バイクを止めて散策。
登り口から本丸まで
約10分~15分程。
山の神様
細川氏は室町幕府とも交流のあった
南出羽の有力国人であったといわれ
弟の帯刀直重と共に小国郷一帯を
支配しておりました
細川直元は天童市を拠点とした
天童氏と縁戚関係を結び
同盟関係であった事から
この時代に台頭した
最上義光と敵対関係となります
写真は本丸まで
向かう途中にありました山の神様です。
散策途中、案内板の
看板もありますので
迷う心配はありませんが 、
本丸まで傾斜のある坂が
続きますのでしっかりとした
靴を履いて散策を行ってください
万騎野原古戦場
しかし
破竹の勢いによって天童氏が
最上義光によって攻め滅ばされると
翌年、山刀伐峠を越え最上軍勢が
小国郷へと攻め込んできます。
赤倉温泉近くにあります
万騎野原で細川直元は迎え撃ちますが
細川氏300、最上勢3500と
兵力差は乏しく奮戦虚しく敗戦、
直元は討死し細川氏は
滅亡する事となりました。
小国城本丸
義光はこの戦いで武功を挙げた
蔵増光忠にこの小国郷を与え
岩部楯が改修され
小国城が築城される事となります。
その後光忠の息子、光基が家督を継ぎ
小国光基と名を改め治世を治めますが
1622年
最上家内紛によりに改易を命じられ
小国氏は佐賀藩に預けられ
小国城は廃城、
その歴史に幕を閉じることになりました
小国城本丸からは
最上町が眺めることができ
景色も素晴らしく大満足!。
ぜひ小国城に散策に訪れてください
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