どーもKABUOです。
山形市本沢地区の歴史と史跡の
調査を行いました。
弥生時代の古墳や戦国時代、
最上義光と直江兼続が戦った
長谷堂城等の魅力ある史跡が
多くありますのでご紹介していきます
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本沢地区の歴史と史跡をご紹介!
本沢地区は 1889年
明治の大合併が行われた際に
長谷堂、二位田、前明石、菅沢の
各村々が合併し成立した地区で
1956年に山形市に編入され
現在は全国的に有名な
本沢ぶどう、本沢青菜漬、堀込せりが
生産される農業の盛んな地区です
菅沢古墳
本沢地区菅沢にあります
こちらの古墳は5世紀頃に
築造されたとされ直径約52m、
高さ5m、下段の周囲には
幅8m前後の溝が回っており
円墳型の古墳では東北で最も大きく
当時この時代に相当な権力を誇った
豪族が埋葬されたものと推測できます。
城山 長谷堂城
本沢地区には城山と呼ばれる
小高い山がありその頂上には
最上家の支城、長谷堂がありました
長谷堂城の築城年月は不明ですが
伊達家の山形侵攻や
1600年東北の関ヶ原と呼ばれる
慶長出羽合戦の際に最上軍長谷堂城主
志村光安が立て籠り直江兼続の猛攻を
耐え抜いた強固なお城でありました
慶長出羽合戦の歴史は
こちらの記事で紹介しています
長谷堂観音
その後、1622年
家中の反乱を押さえられない為
最上家が改易の命令を受け廃城、
現在城山は山形百名山のひとつに数えられ
お城頂上まで整備され気軽に訪れる事が
出来るようになりました
写真の長谷堂観音は城山の中腹にあり
最上三十三観音の第12番札所として
多くの参拝者が訪れます。
長谷堂番所跡
長谷堂地区は
南陽市宮内を結ぶ小滝街道
上山を結ぶ上山通りがあった為
交通や荷物の往来を見張る
長谷堂番所が設置されていました
江戸中期になりますと
山辺や船町経由で往来する
塩などの商荷物が当地を中継して
運ばれるようになると
商荷物の中継点に入る税収を巡って
山形市南山形地区にあります
松原地区とたびたび
相論が起こったそうです
ころり観音
ご本尊は、かつて長谷堂城主坂紀伊守の
家老牧野番内の念仏寺と伝えられており
「この世がしあわせで、死に際も
安楽にころっとゆきたい」
という切ない安楽死の願望を叶えてくれる
観音様が祀られているそうで
大変珍しい寺院です(´・ω・`)
山形市産業歴史資料館
昭和40年代、
本沢地区にあります鋳物町では
山形の特産品であります工業鋳物が
多く作られた歴史をもち
現在は鉄工や建設関連の企業が立地する
工業団地となりました
こちらの山形産業資料館では
山形鋳物の歴史や展示物
山形伝統工芸品が紹介されており
秋には茶釜でたてられたお茶会や
鋳物作りの見学会等が行われ
多くの方が参加されています
以上、本沢地区のご紹介でした。
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