どーもKABUOです。
2018年5月
中国北京を旅行にいった際の
記録をご紹介しています。
前回の記事はこちらです。
今回は、
1368年から1644年まで
中国を統一した王朝
明の時代に建造された
皇帝の眠る明十三陵をご紹介します。
スポンサーリンク
明の皇帝が眠る世界遺産、明十三陵に観光した話。
明の十三陵(みんのじゅうさんりょう)は、中国の北京市昌平区天寿山にある明代の皇帝、皇后、皇貴妃と皇太子等の陵墓群である。成祖永楽帝以後の皇帝13代の皇帝の陵墓があるため、この通称がある。このうち定陵は発掘され、内部は地下宮殿として公開されている。
(Wikipedia引用)
前回の万里の長城、八達嶺長城から
879路のバスに乗り込み
明十三陵に向かいました。
八達嶺長城から明十三陵に向かう
観光客が多いうえに
バスの便が少ないため
なかなかバスに乗り込む事が出来ず
バスに乗り込んでも椅子に座れず
立ち見のまま移動する事になりました。
八達嶺長城から
一気に観光できるルートですが
便が少ないのが難点です。
明の時代の皇帝が眠る
明十三陵ですが
現在、一般公開されているのが
長陵、定陵、昭陵と
参道の陵道となっており、
各史跡には入場料金がかかりますが
複合チケットも販売されており
すべて合わせて110元で
各史跡に入場出来ます。
定陵
定陵は第14代皇帝
万暦帝の墓所になります。
万暦帝は
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に
李氏朝鮮に援軍を送った事でも
知られている皇帝ですが
政治には無関心で蓄財に走り
さらに陵墓の建設や外征の出費も
重なってしまい財政困難に陥り
後に明を滅ばした原因を作ったされ
歴史的評価が低い皇帝でありました。
こちらは定陵で出土しました
宝物のレプリカの一部で
墓所であります宮殿内で
展示されております
定陵には地下宮殿があり
ここに皇帝の棺や礼服、
金銀の装飾品が埋葬されました
現在、定陵のみ地下宮殿が解放され
見学できるようになっており
地下宮殿の階段を登りますと
宮殿の屋上には皇帝の
墓石のようなものが
鎮座されておりました。
次は長陵に向かいました。
明十三陵は陵から陵の間は
移動距離が長く
バスを使って移動となります。
長陵
長陵は3代皇帝永楽帝の墓所になります。
永楽帝は二代皇帝建文帝と対立し
権力闘争の末、皇帝に即位し
南京から北京に遷都し
故宮(紫禁城)を建造した人物になります。
また対外政策に積極的に
乗り出した人物でもあり
モンゴルやベトナムまで
遠征を広げ領土を広げた他に
鄭和の南海大遠征を行い
東南アジアからインド、
南アフリカの国々と
朝貢関係を結び
日本も足利義満の室町時代に
明に服従したとされます。
長陵も定陵と同じく
宮殿型をしており
中では永楽帝にまつわる
美術品や骨董品のレプリカが
並んでおりました。
長陵は明十三陵のなかで
最古かつ最大の規模を誇り
保存状態も良く見ごたえがある
場所でありました。
今回は時間の都合上
昭陵に行くことが
出来ませんでしたが、
明の時代の貴重な文化遺産を
十分堪能することが出来ました。
万里の長城からもう少し早く
これたらゆっくりと
観光できましたので
八達嶺長城からお越しの際は
時間に十分注意して観光してください
スポンサーリンク