どーもKABUOです。
今回ご紹介するのは
青森県五所川原市の中心地の歴史と
五所川原市の夏祭り、
ねぷた祭りを楽しめる
立佞武多の館を中心に
ご紹介出来ればと思います。
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立佞武多の館と五所川原市の歴史
五所川原駅
江戸時代
弘前藩第4代藩主津軽信政の命により
北津軽の新田開墾事業や進められ
五所川原周辺の村々が発展
明治時代に五所川原町が発足
1954年
五所川原町、栄村、中川村、三好村
長橋村、松島村、飯詰村が合併し
第一次五所川原市が発足
その後2005年
平成の大合併のより
金木町、市浦村との合併により
第二次五所川原市が発足し
現在にいたります
今回ご紹介しますのは
第一次五所川原市の
中心街です。
金木、市浦地区の歴史と史跡は
こちらの記事で紹介しています
津軽五所川原駅
五所川原駅の隣にあります
津軽線津軽五所川原駅
金木町、 中泊町旧中里町を結び
駅舎はレトロな雰囲気をしており
なんだか落ち着く空間です。
(* ̄∇ ̄*)
ここから少し中心街の
歴史や史跡を巡ります。
吉田松陰先生渡舟記念碑
高杉晋作や木戸孝允等
明治で活躍した多くの弟子を育てた
吉田松陰も五所川原の地を訪れており
記念碑が建てられておりました。
五所川原八幡宮
五所川原市新宮にあります八幡宮
五所川原市
地名の由来発祥の地とされ
伝説によれば、「五所川原」という地名の発祥と当社の創建には密接な関係があるという。その昔、一説には明暦か万治年間に起きた春の大水によって、現在の中津軽郡相馬村五所の五所神社から祠がこの地の川原に流れ着いた。このとき住民たちは祠を五所からの使者に返還したものの、その年の秋に再度祠が流れ着き、翌年の春に3度目が起きるに至って、「これも神の思し召し」と祠を当地に安置することを決め、五所の人々も納得した。五所川原市新宮は、祠が最初に安置されたことに由来する名称である。その後、やはり実際に漂着した場所がふさわしいということで遷座することになった
(Wikipedia引用)
補足ですが
昔五所川原は御所川原と呼ばれ
御所という意味は相馬村五所で
崩御された長慶天皇の大葬された
場所に祠を祀ったが洪水でながされ
五所川原まで流された事から
御所と言う地名の由来になったと
考えられます
吉幾三ミュージアム
青森を代表する芸能人
吉幾三は五所川原市金木地区出身
五所川原駅前から程近く
彼の写真や資料集が展示されております。
う~んでも僕は興味ないですね~(^o^;)
立佞武多の館
こちらでは五所川原市の夏祭り
ねぷた祭りが常時展示されている
五所川原市の観光スポットです。
入場料 600円→540円
立佞武多展示室の
入場料は600円ですが
JAFの会員カードがありますと
10%引きで入場する事が出来ます
おーーーーーー!
デカイ!( 。゚Д゚。)
五所川原市のねぷた祭りは
立佞武多(たちねぷた)祭りと呼ばれ
縦に長いのが特徴で全長が
最大で20mあり凄く豪華です!
この立佞武多とよばれる山車は、禊ぎ祓いとして行われた夏の行事において、燈籠を作られていたものがいつしか組み人形として作られるようになったのが原形と考えられている。明治時代から大正時代にかけて巨大なものとなり、市内の豪商や集落などで競って作られていた。しかし、電線が市街地に張り巡らされたことにより、巨大な山車の運行が困難になり、立佞武多は低形化された。結果、立佞武多そのものが幻となってしまう事となった。
1993年(平成5年)、市内のある家庭で先祖の遺品の整理をしていたところ、明治・大正期の立佞武多の設計図の一部が発見された。この設計図を元に立佞武多を復活させようとするボランティア運動が始まり、彼らの手により、1996年(平成8年)に「立佞武多」として80年ぶりに復活した。この時に作られた立佞武多「武者」は同年7月1日に岩木川河川敷で運行、7日には古習に倣い火が放たれ、昇天させられた。 その2年後の1998年(平成10年)、五所川原市が立佞武多の支援を決め、夏祭りで運行されるようになった。以後、立佞武多は1年に一基ずつ新作が制作され現在に続いている。
(Wikipedia引用)
五所川原立佞武多祭りは
8月4日から8日に開催され
毎年多くの旅行者が訪れますが
全長20m近くありますので
ねぷたの山車が走るコースでは
電柱が地下に埋められ立佞武多に
支障が無いようにされています。
電柱が無いので
町の景観が損なわれいない
印象を町から受けました。
毎年大型のねぷたは
年に一基製作され
3年間使用されることから
祭りでは常に3基のねぷたが出陣し
こちらの施設で3年間保存されます。
ねぷた祭りは津軽地方や
下北地方で行われますが
各地域事でお囃子が違うそうで
五所川原立佞武多祭りでは
「やってまれ」と掛け声をあげます
やってまれは津軽地方の方言で
「やってしまえ」に近い
意味合いを持つそうです。
なかなか喧嘩早そうな
かけ声なんですね(汗)
今度五所川原に訪れる
機会がありましたら
ねぷた祭りに合わせて
訪問したです。
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