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東根市 悲運の飛脚 与次郎稲荷神社の歴史をご紹介!⛩️

どーもKABUOです。

 

山形県東根市にあります神社、

与次郎稲荷神社の歴史をご紹介します。

こちらは秋田藩主である佐竹義宣に支えた

与次郎と言う悲運の飛脚の言い伝えがあり

ご紹介出来ればと思います。

 

 

 

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悲運の飛脚 与次郎稲荷神社の伝説をご紹介!⛩️

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与次郎稲荷神社

 

東根市六田にあります与次郎神社。

こちらの鳥居は 室町時代に創建され

元木の鳥居、 成沢八幡神社の石鳥居と共に

最上三鳥居とも呼ばれ東根市指定文化財にも

登録された大変古い鳥居です。

 

参道を通ると鳥居の入り口は大変低く、

昔の日本人の身長の低さがよく分かります。

 

元木の石鳥居と成沢八幡神社の石鳥居は

こちらの記事で紹介しています

www.yamagatakabuo.online

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与次郎稲荷神社社殿 

 

与次郎神社の創建の由来ですが

秋田藩主佐竹義宣に支えた

与次郎という飛脚がおり、

与次郎は江戸秋田間を六日で往復する

忠勤に励んだ人物でありました。

しかし訳あってこの地で暗殺され

恋人のお花の手によりひそかにこの地に

埋葬されました。

 

暗殺の背景には二つの言い伝えがあり

 一つは仲間の同業者から

恨みと嫉妬を買い暗殺された説、

もう一つは与次郎が佐竹義宣の隠密で

慶長16年、幕府に気づかれた為、

暗殺された説が残されております。

 

歴史的背景を分析すると

西暦1611年、江戸に幕府が開らかれ

関ヶ原の合戦から11年の月日が

経った頃でした。

 

佐竹義宣は関ヶ原の合戦のおり

石田三成と密かに繋がりを持ち

勝敗が決した後、徳川家康から警戒され

茨城県常陸国54万石から秋田県出羽国

20万石へと減転封されております。

 

私の想像ですが1611年頃には

徳川家康と山形藩主、最上義光は健在しており

東根市区域山形藩領であった為

家康の命により義光が佐竹義宣の

動向に監視の目を光らせて

与次郎暗殺事件を起こしたのではないかと

考えられます。

 

その後、近所では災いが

相次い起こり村人は与次郎の祟りと

恐れおののき事態を重視した

幕府がこの地に与次郎を祀るのを

決めたと言います。

(東根観光物産協会引用)

 

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与次郎稲荷神社境内

 

与次郎稲荷神社は

秋田市久保田城にも同じく創建され

言い伝えによりますと城を築城した際、

住みかを失った一匹の老狐が

秋田藩主佐竹義宣の前に現れました。

不憫に思い老狐に住みかを与えると

老狐は感謝し飛脚として

佐竹義宣に支えましたが、

与次郎狐の活躍を恨んだ

飛脚達の恨みをかい六田の地で殺されました。

 

秋田市と東根市では少し内容は違いますが

悲運話は共通となっております。

 

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現在では健脚スポーツの神様として

地域の方々に信仰されており、

東根市にお越しの際は与次郎神社に

ぜひ参拝に訪れてみてください

 

以上

悲運の飛脚与次郎稲荷神社の

伝説のご紹介でした。

 

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東根市の歴史と史跡

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