KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

世界遺産アンコールトムをご紹介! カンボジア🇰🇭旅の記録

どーもKABUOです。

 

2019年5月、GWの最中

カンボジアを旅して参りました

 

前回の記事はこちらです。

 

www.yamagatakabuo.online

 

今回は、クメール王朝の

王都が置かれたアンコール・トムを

ご紹介します。

 

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世界遺産アンコール・トムをご紹介!

 

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アンコール・トムとは

大きな都市と言う意味を持ち

802年~1431年頃まで

当時の王朝、クメール王朝の

王都が置かれておりました

 

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クメール王朝は

802年 ジャヤーヴァルマン2世が

インドネシアに王都を置いた

 シャイレーンドラ朝から

独立を果たします。

 

それからシェリムアップから程近い

プノン・クレーンと言う所で

即位を果たしクメール王朝の歴史が

始まりました。

 

 

アンコール・トムの場所は

こちらになります。

 

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バイヨン寺院

 

アンコール・トムに入場して

まず最初に現れる広大な遺跡は

バイヨンと呼ばれる寺院で、

 

バイヨンとはクメール語で

美しい塔と言う意味を持つ

ヒンドゥー教と仏教を混合させた

寺院になります。

 

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シェリムアップ周辺に

王都を築き勢力を拡大、

 

南東はタイからマレーシア北部

北西はラオスからベトナムの

ホーチミンからメコン川南部まで

東南アジア一帯に領土を広げました

 

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世襲制を行わないという

独特の王位継承システムを

採用していた為、

王位継承を巡る争いが起こり

王位継承の後、

王の権力見せつけるかのように

多くの寺院が建造されます

 

その時、王の信じる宗教が

ヒンドゥー教であったり

仏教であったりと様々であった為、

ヒンドゥー教の寺院を建造したり

仏教の寺院を建造したり

はたまたヒンドゥー教。仏教とを

混合して寺院が建造される等、

様々な様式の寺院が建造されました

 

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889年に即位したヤショヴァルマン1世は、現在の東バライとアンコール・トムの南半分を含む地域に王都ヤショダラプラを建設した[1]。その後ヤショダラプラは一旦放棄されるが、944年に即位したラジェンドラヴァルマン2世英語版は再びアンコールに遷都し、東バライの南にプレループ寺院を建設した。1006年に即位したスーリヤヴァルマン1世英語版は、現在のアンコール・トムとほぼ同じ位置に新王宮と護国寺院ピミアナカスを建て、西バライを建設した[1]。 12世紀後半、ジャヤーヴァルマン7世により現在のアンコール・トムが建設されたといわれている。

(Wikipedia引用)

 

様々な王が生まれた為、

王都も度々遷都されていきましたが

12世紀後半に

ジャヤーヴァルマン7世によって

現在のアンコール・トムが建設され

王朝の最盛期を迎える事となります。

 

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バプーオン

 

しかし度重なる権力闘争や

中国、フビライ・ハンの

モンゴル帝国による侵攻で

徐々に国力を落としていきます。

 

13世紀に入りますと

タイのラーンナー王国や

スコータイ王国が

クメール王朝から独立を果たし、

 

1351年

アユタヤ王朝が建国されると

クメール王朝に侵攻を重ね

 

1431年

アンコール・トムが陥落し

クメール王朝が没落する事となり

首都プノンペンから程近い

ロンベルグやウドンという所に

遷都を繰り返し、

 

その後、タイやベトナムと言った

強国から政治干渉を受けざる得ない

暗いカンボジア暗黒時代へと

呼ばれる歴史に突入します。

 

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像のテラス

 

簡単にこの広大な都市が

陥落した理由としてひとつは

アンコール・トムを中心に

王国を作った際、

各地へと向かうことが出来る

道路の建設が行われましたが

交通に利便性が出た反面、

用意に隣国から攻め混む事が

出来るという失敗をおかした事、

 

ふたつめに

容易に水が確保が出来なくなり

水不足に陥ってしま事から

アンコール・トムを

捨てたとされる説があります。

 

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ピミアナカス

 

今回訪れるにあたり

気づいた事ですが、

遺跡巡り確かに面白いのですが

全部同じような遺跡に見えてしまい

歴史を勉強しておかないと

直ぐに遺跡巡りが飽きてしまいます。

 

その為、

事前に資料で勉強しておくか、

日本語ガイド同伴のツアーに

参加することをお勧めします。

 

暑さ対策もバッチリおこなって

楽しく旅行を楽しんで下さい

 

以上、アンコール・トムの

ご紹介でした。

 

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