KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

青森県中泊町 旧小泊村と柴崎城跡の歴史と史跡をご紹介! 下之切通を行く

どーもKABUOです。

 

2018年8月

 

津軽地方の歴史と史跡、

観光スポット巡りの

旅を行っておりました

 

前回の記事はこちらです

 

www.yamagatakabuo.online

 

今回で古道下之切通は最終回です

津軽を治めた安東氏の

歴史と史跡巡りの終着点

青森県中泊町旧小泊村を中心に

 

安東氏の最後の支城、柴崎城や

太宰治の小説津軽のすべてがわかる

小説「津軽」の像記念館等、

歴史と史跡、観光スポットを

ご紹介します。

 

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旧小泊村の歴史と史跡

 

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中泊町 旧小泊村

 

小泊村(こどまりむら)は、青森県北津軽郡に置かれていた。漁業が中心産業で、特にイカ漁は全体の70%を占める。小泊は、アイヌ語のポン・トマリに由来し、「小さな港」を意味するといわれる

(Wikipedia引用)

 

その他にはメバルの水揚げ漁が行われ

こちらで水揚げされるメバルは

ウスメバルという津軽地方のみで

津軽海峡メバルと名付けブランド化され

全国に出荷されています。

 

旧小泊村では無いですが

メバルを使った料理を頂きましたので

こちらで紹介しております

 

www.yamagatakabuo.online

 

お盆の時期でしたので

民宿には大勢の観光客や

帰省した家族連れで

町や海岸沿いは賑わっていました

 

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下前地区

 

旧小泊村の南側にあります

こちらの地区

 

今から2000年以上前

中国を統一した秦の始皇帝の命により

不老不死の仙薬を求めた

徐福という人がこの地にあります

権現崎に上陸した伝説が残っています

 

ここ下前地区は苦い思いでの地であり

以前CUBで日本一周の旅に出た際

ここでテントを張って

野宿しようとしたところ

テントの骨組みが壊れてしまい

近くに宿があることを知らずに

そのままテントにくるまって

野宿したことがありました(笑)

 

蚊の大群に襲われて

悲惨な目にあいましたが

すんでしまえばいい思いでです。

(* ̄∇ ̄*)

 

今回は

権現崎には行けませんでしたが

のどかな海辺を歩きながら

ブラブラと町を散策しました。

 

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 小説「津軽」の像記念館

 

小泊地区にありますこちら

太宰治の小説「津軽」の説明や

写真、思いでの品等が展示されています

 

館内横には太宰治と

子守りだった越野タケの

銅像がありました。

 

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海岸沿いの散歩に夢中になり

日が暮れてしまい

急いで記念館に行きましたが

もう閉館しており

展示物を見ることが出来ず残念でした

( 。゚Д゚。)

 

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柴崎城跡

 

旧小泊村にあります八幡宮

こちらが中世の時代

津軽地方を治めた安東氏の

最後の居城跡になります。

 

1443年

八戸地方を治めていた南部氏が

津軽地方に侵攻し安東氏と激突します

 

安東氏は最後まで抵抗しましたが

居城であります福島城、唐川城が落城し

最後に落ち延びて来たお城が

こちらの柴崎城になります

 

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その後、安東氏は津軽の地を捨て

北海道蝦夷の地へと落ち延びたとされます

そして旧領地であります津軽地方の

奪還を試みますが南部氏に撃退され

旧領地の奪還には至りませんでした。

 

その後安東氏の一族は分かれ

秋田県の檜山郡と秋田郡に入り

戦国武将として秋田地方に勢力を広げ

両家が統合された後秋田氏と名乗り

秋田地方の戦国時代を生き抜きます

 

ここらへんは

秋田市に行った際に

歴史と史跡を調べる予定です

 

以上旧小泊村の歴史と史跡でした

 

今回で下之切通の紹介は終わりますが

津軽地方を治めた安東氏の史跡が

多く残り充実した史跡巡りで

中世の津軽地方の歴史を学べる

良い機会でした。

(* ̄∇ ̄*)

 

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こちらが今回のルートです

 

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