KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

青森県藤崎町 安東氏と藤崎城の歴史と史跡をご紹介! 下之切通を行く

どーもKABUOです。

 

2018年8月のお盆休み

青森の津軽半島周辺を

CUBで旅に行ってきました。

 

昔の古い街道筋を通りながら

弘前城を筆頭に史跡や廃城

神社仏閣を見て回りましたので

旅の様子をお伝えできればと思います。

 

今回ご紹介します街道は

下之切通と呼ばれる古い街道です。

 

こちらの街道は

青森県藤崎町から

持子沢ー飯詰ー金木ー中里

相内をへて小泊を結ぶ

古い街道になり、

 

古くは津軽半島一帯を治めた

安東氏の居城や

その後南部氏が統治し

客将として迎えられた浪岡氏の

館跡が多くの残っております

 

津軽半島の歴史や史跡

観光スポットを中心に数回に渡り

ブログでご紹介していきますので

よろしくお願いします

 

今回は藤崎町にあります

藤崎城跡について言及します

 

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安東氏と藤崎城の歴史と史跡

 

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藤崎八幡宮 藤崎城跡

 

藤崎八幡宮にあります

藤崎安東城・白鳥城とも呼ばれる

こちらのお城跡

 

下之切通を語るには

この地を治めた安東氏について

言及しなければなりません。

 

安東氏の出自ですが

前九年の役で源義家と戦った

安部貞任の第二子 、高星丸が

津軽地方藤崎の地に落ち延び

安部十郎貞義と名乗り

 

貞義の子らによって藤崎城を築城

以来子孫が安東氏と名乗るようになり

安東氏の歴史が始まります。

 

 

こちらが藤崎城になります。

 

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安東氏は津軽半島一帯を

治めるにあたり藤崎城を拠点に

下之切通り沿いに勢力を拡大

五所川原市相内に福島城

市浦に唐松城、中泊町小泊に

柴崎城を築城を行い

 

十三湖(十三湊)で交易を行う等

津軽地方を統治していきます。

 

藤崎八幡宮の敷地内には

藤崎城の土塁跡や史跡が

数多く残っておりました。

 

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津軽地方を統治していた安東氏ですが

 

南北朝の動乱の際

主家と分家で北朝と南朝派に

別れてしまい一族で争いが

行われるようになり

 

その後、八戸で勢力を伸ばした

南部氏との勢力争いに破れ

蝦夷地に逃れた一派と

秋田に逃れ檜山城を築城し

戦国時代を生き抜いた

秋田安東氏に分かれました

 

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藤崎城は南部氏の手に落ち

津軽地方一帯を南部氏が

統治してましたが

 

南部氏の家中の内乱の最中

同じ一族であり弘前藩初代藩主

津軽為信の裏切りによって

次々と南部氏の城が落とされ

藤崎城は津軽氏の支城となります。

 

津軽為信は正室の義理の父

大浦為則の子、五郎、六郎を

城番として置いたそうですが

二人は相次いで水死した為

藤崎城を廃城しましたが

 

その裏には

後の家督争いを警戒した

津軽為信によって

暗殺された説もあるそうです。

 

現在は藤崎城の跡地は

藤崎八幡宮が建造され

藤崎町民の憩いの場所になっており

真夏に訪れましたが

非常に涼しく居心地の良い

場所でしたよ(* ̄∇ ̄*)

 

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