KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

仙台市青葉区 大崎八幡宮と郷六城地区の歴史 作並街道を行く

どーもKABUOです。

 

2018年秋

山形から仙台を結ぶ国道48号線

作並街道と呼ばれる街道筋を通り

その周辺にあります

歴史や史跡を調べておりました

 

前回の記事はこちらです

 

www.yamagatakabuo.online

 

前回は仙台市青葉区にあります

愛子地区を中心に紹介しましたが

今回は陸前落合駅から出発し

周辺地域の歴史と史跡をご紹介します。

 

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大崎八幡宮と郷六地区の歴史

 

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陸前落合駅

 

今回の出発点になります

ここから国道48号線、

作並街道沿いを通り歴史と史跡の

調査を行いました。

 

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郷六城跡

 

仙台市青葉区郷六地区に

お城跡の史跡が残っております

 

地名の由来は伊達政宗より前、

仙台地方を治めた国分氏の家臣

郷六氏が治めていたことより

地名の由来となったそうで

 

国分氏が伊達氏の傘下に加えられた後、

愛子に移り住み森田姓を名乗ります。

 

お城跡ちかくにあります

宇那禰神社は郷六氏の氏神として

創建された歴史をもちます。

 

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鷲巣山文殊堂

 

こちらのお堂は

伊達政宗の家臣であります

嶺八兵衛により創建されたお堂で

十二支のうさぎを守本尊として

祀られたお堂になります。

 

私もうさぎ年生まれですので

こちらのお堂で参拝しました。

 

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古い街道の面影が残る商店。

 

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文殊堂を過ぎますと

広瀬川が一望できる

この場所に到着します。

 

秋になりますとこちらの河川敷で

仙台市民の芋煮会が

開催されるそうです。

 

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仙台市青葉区八幡町

 

仙台市中心街に到着です。

 

大崎八幡宮の門前町として

栄えた八幡町は

作並街道沿いにあった為

旅人や荷物の往来が多く

茶屋が置かれ参拝客らで賑わいを

見せていた歴史のある町です。

 

現在は道路拡張により

古い町並みが消えてしまいましたが

新しい商店も増え活気のある町に

なっております。

 

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大崎八幡宮

 

作並街道沿いに進みますと

大崎八幡宮の大鳥居が見えてきます。

 

平安の昔、東夷征伐に際して坂上田村麻呂は、武運長久を祈念すべく武門の守護神である宇佐八幡宮を現在の岩手県水沢市に勧請、鎮守府八幡宮を創祀しました。その後、室町時代に奥州管領大崎氏はこれを自領内の現遠田郡田尻町に遷祀し守護神として篤く崇敬した為、世に大崎八幡宮と呼ばれました。

(公式ホームページ引用)

 

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大崎氏の滅亡後は伊達政宗公が居城の玉造郡岩出山城内の小祠に御神体を遷し、仙台開府後仙台城の乾(北西)の方角にあたる現在の地に祀られました。

この際に旧領の羽前国米沢にて代々崇敬しておりました成島八幡宮と共に祀られました。 社殿の造営にあたっては、当時豊臣家に仕えていた当代随一の工匠が招聘され、その手に成った御社殿は豪壮にして華麗なる桃山建築の特色が遺憾なく発揮されており、仙台六十二万石の総鎮守として伊達家の威風と遷宮当時の絢爛たる息吹とを今に伝えております。

藩政時代を通じ歴代藩主の篤い尊崇を受け、明治以降は大崎八幡神社と称しておりましたが、御遷座四百年を間近に控えその歴史的経緯を考慮し、平成九年六月、社名を大崎八幡宮に復し、現在に至っております。

(公式ホームページ引用)

 

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本殿の写真ですが

2018年秋に撮影に行ったのですが

鉄骨とテントが組まれており

景観が悪かったので

以前撮影した写真になります

 

参道は綺麗に整理され

格式高い社殿をしており

歴史の古さを感じることが出来ました。

 

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龍宝寺

 

文治年間(1186年)伊達家の初代朝宗公(ともむねこう)が、伊達家の祈願寺(きがんじ)として開かれたお寺です。龍寶寺は、常陸の国より 福島県 梁川、山形県 米沢、宮城県 岩出山と、伊達家と共に移動し、慶長3年(1598年)頃、初代仙台藩主伊達政宗公(まさむねこう)の仙台築城に伴って現在の地に移されました。 藩政時代は城下最大の門前町を与えられ、龍寶寺に属していた寺院は約70ヶ寺という大寺院でありました。

(公式ホームページ引用)

 

作並街道沿いには

伊達氏由縁の寺や寺院が数多く

見学するのに飽きません。

 

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大崎八幡宮から作並街道沿いを

進みますとこちらに到着。

ここで奥州街道と合流し

作並街道の終点になります。

 

これで作並街道の

歴史と史跡の紹介は以上です。

 

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