KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

尾花沢市 毛倉館と福原地区の歴史と史跡 羽州街道を行く

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どーもKABUOです。

 

前回の記事はこちらです

 

www.yamagatakabuo.online

 

今回は、

尾花沢市の中心街から出発し

荻袋、野黒沢、芦沢方面を

探索しましたのでご紹介します。

 

毛倉館と福原地区の歴史と史跡

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荻袋地区

 

「おぎ」は湿地を意味し「ふくろ」は

海や川の岸にある袋状の小地形を指し

地名は丹生川が蛇行していた

古い時代の地形に由来しています

 

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野黒沢地区

 

地名は、

地域一帯の地質が洪積層の

火山灰を含む黒色の土壌に

由来しています

 

平安時代

出羽国野後駅に関係する

集落とも言われています。

 

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 福原中部小学校跡

 

2014年

尾花沢市立福原小学校と統合され

閉校となった小学校です。

 

福原と言う名前は

 

1889年

野黒沢、芦沢、毒沢、名木沢、

南沢、寺内、萩袋村が合併し

福原村が発足した事から

こちらの地名が生まれ

 

原野を農業の生活基盤に

かえることにより

村に福をもたらすことを願って

名付けられたとされます。

 

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大石田街道追分

 

野黒沢から芦沢地区に

入る途中にありますこちらの石碑から

現県道305号線

西部街道沿いに進みますと

大石田町に到着します。

 

時間が取れ次第

西部街道の調査も行いたいものです。

 

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芦沢小学校跡 

 

芦沢地区に到着!

 

種林寺境内にあります

芦沢小学校跡の史跡

 

芦沢の由来は

アイヌ語で大きな湿地を意味します。

 

このあたりは

最上川が近いことから

河川や湿地に由来した地名が

多いことがわかりますね

 

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芦沢折部邸宅跡地

 

毛倉館主(芦沢楯)芦沢折部

芦沢地区を治めていた人物で

 

最上義光の配下で勇名を馳せる

最上家が改易後は

この地に移り土着し帰農したとされる

と説明されています

 

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毛倉館跡(芦沢稲荷神社) 

 

先程説明した

芦沢折部の館があった場所になります

 

最上川が天然の堀の役目を果たし

天然の要害であった事が想像できます。

 

神社の案内板には

松尾芭蕉一行も通過したと

記録されているそうです。

 

次回はここ芦沢から

宿場町、名木沢へと目指します

 

つづく

 

 

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