KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

スポンサーリンク

尾花沢市 尾花沢代官所と尾花沢中心街の歴史 羽州街道を行く

どーもKABUOです。

 

前回の記事はこちらになります

 

www.yamagatakabuo.online

 

今回は、尾花沢市中心街の歴史と

史跡巡りの続きになります

 

尾花沢代官所と尾花沢中心街の歴史

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180727205008j:plain

 

知教寺

 

元々は延沢城、城下境内にあったとされ

竜雲寺と称していましたが

1635年に現在地に移転し

寺号を龍雲山知教寺に改めます

 

寺院の山門は延沢城の裏門から

移したものとなっております

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180727205803j:plain

 

延沢満延、光昌の墓碑

 

寺内には延沢城主で

最上義光に支えた

延沢満延と光昌、父子の

墓碑があります

 

光昌は最上家が改易後

熊本の加藤家に預けられましたが

1626年、

熊本で病死されたとされます

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180727211932j:plain

 

大貫次右衛門光證の墓

 

龍昌寺にありますこちらの墓碑

 

1831年に山梨県甲斐国より

石和代官より尾花沢代官になったとされ

尾花沢で病没するまで14年間、

民政に優れた手腕を振るった名代官です

 

大貫代官は天保大飢饉に際して

領民の救済ににつとめ、

また幕府の天保改革を領内に

徹底させました。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180727232222j:plain

 

仲新町商店街

 

こちらの商店街から羽州街道の

分かれ道となっており

県道301号線を通り

延沢地区、銀山温泉に進む

軽井沢越最上街道へと続いています

 

軽井沢越最上街道の記事はこちらです

 

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

www.yamagatakabuo.online

 

 

 

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180727230610j:plain

 

諏訪神社

 

源義経の家来、

 鈴木重家の子孫が神託を受け、

諏訪大明神の像を柏樹一族の

守り神としたのが始まりとされ

江戸時代から参詣者が増大し

寛政年間、大改修を行い

現在地に移転となりました

 

尾花沢中心街の神社の中でも

深い歴史を感じる神社と

なっておりました。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180727232734j:plain

 

こちらのリカーフーズ学校坂さんから

養泉寺さんに進むのが

羽州街道の道筋になります

 

こちらの店舗の店構えは

何か好きだったので

写真を貼らせてもらいました(笑)

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180727232704j:plain

 

尾花沢代官所跡

(尾花沢小学校)

 

街道沿いにありました尾花沢代官所。

 

戦国時代の頃

尾花沢藤左衛門によって

尾花沢楯を築城されたと伝わっており

 1584年

最上義光と天童頼久による

天童合戦のおり、天童氏に

組していたため

延沢氏によって攻略されました

 

1622年

最上家改易の後、

鳥居の時代を経て

1658年

幕府の天領となった尾花沢の地に

尾花沢陣屋を設け

1744年

現在の尾花沢小学校の前に移ります

 

日本最北端の幕府代官所だった所から

出羽国一帯を治める機能を

持ち合わせていたと言われています。

 

以上、尾花沢中心街の

歴史と史跡のご紹介でした。

 

つづく

 

 

にほんブログ村 旅行ブログ 東北旅行へ
にほんブログ村


東北地方旅行ランキングへ

ランキングに参加しています

記事の内容がよろしければ

クリックをお願いします。

 

スポンサーリンク

 

スポンサーリンク