KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

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尾花沢市 上ノ畑集落と最上街道の古道 軽井沢越最上街道を行く

どーもKABUOです

 

軽井沢越最上街道の続きになります

前回の記事はこちらになります

 

www.yamagatakabuo.online

 

今回は、銀山温泉の脇道を通り

廃村となった上ノ畑集落と

その周辺をご紹介します。

 

上ノ畑集落と最上街道の古道

 

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十分一番所跡

 

延沢銀山が最盛期であった頃

銀山周辺には多くの関所が設けられ

厳しく監視にあたっていたと言われ

こちらの十分一番所跡も

その関所の中の一ヶ所になります

 

名前の由来は、

関所を通る際に十分の一の

関税をかけられた事から

地名の由来になったとされています。

 

延沢銀山の衰退の後、

十一ヵ所あった番所が縮小され

上ノ畑、上野、軽井沢越番所の

三ヶ所だけとなってしまいます。

 

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上ノ畑集落への道

 

十分一番所を過ぎますと

尾花沢市が誇る観光名所、

銀山温泉が見えてきますが

脇道をそれて軽井沢越最上街道の

宿場町であった上ノ畑集落を目指します。

 

道中は、砂利道ですが

林業も盛んに行われる地域であるため

道はわりと整備されている印象。

 

 

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 上ノ畑集落跡地 石鳥居

 

道中の途中にあった古い石鳥居

この先に上ノ畑の集落があります

 

柱には文政13年と刻まれており

西暦1830年の江戸時代に

建造されたと思われます。

 

松尾芭蕉も宮城県から山形に向かう際に

真っ直ぐ山形に向かえる

軽井沢越最上街道を検討したそうですが

険しい山道であった為、断念

それほど険しい道中だったのでしょう。

 

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上ノ畑交易番所跡

 

上ノ畑集落跡地に到着です。

 

軽井沢越最上街道の宿場町であり

物の物流を見張る番所が授けられており

宿場町としては規模が小さいため

隣の銀山温泉に宿場客が流れてしまい

たびたび争いがあったとされます

 

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集落の廃墟跡

 

上ノ畑は江戸時代には

長瀞藩が直轄管理を行っており

大阪から陶器職人を呼び寄せ

上ノ畑焼を作っていましたが

職人達の不慮の死が重なり

十数年で廃業。

 

その後、昭和50年代に

 地元の陶芸家により技法が

復元されたとの事です

 

昭和30年代頃までは

集落があったそうですが

昭和42年に全戸離村。

 

そして集落跡地にはこのような

苔が生い茂った廃墟が残っており

人々が住んでいた痕跡を残しています

 

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歴史の道仙台街道

 

上ノ畑集落から更に奥に進むと

こちらに到着。

 

ここから先は 街道一難所である

高畑峠がそびえ立っております

 

ここから宮城県加美町にあります

軽井沢越番所までは舗装されていない

険しい山道となっていおり

ここで調査を終了しました

 

その後軽井沢越最上街道は

国道347号線にあります

鍋越峠が開拓され、

明治25年、中羽前街道が開通した後、

廃道と化してしまったそうです

 

尾花沢から続く軽井沢越最上街道の

紹介はこれで終わりますが

時間がありましたら宮城方面に続く

街道のつづきの調査を行います

 

終わり

 

 

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