KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

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東根市 東根街道の歴史と史跡 東根街道を行く

どーもKABUOです。

 

今回ご紹介しますのは

東根市東根小学校がある本丸地区から

東根市高崎小学校がある

観音寺地区までを結ぶ県道29号線、

東根街道と呼ばれる街道沿いの

史跡や歴史を調査を行い

皆様にご紹介していきます。

 

東根街道の歴史や史跡をご紹介!

 

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東根市観音寺地区

 

東根市高崎小学校から出発!

 

県道29号線、東根街道は

松尾芭蕉の軌跡を追った

歌人の正岡子規も関山街道を越え

こちらの街道を歩いた歴史があり、

 

地名は古代に観音寺と呼ばれる

お寺があったことが由来となっています

 

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マリア観音 龍泉寺

 

東根市観音寺に龍泉寺という

お寺があります

 

その昔

キリシタン弾圧から逃れ

マリア観音を隠し持ちながら

大阪の摂津から北前船に乗って

仙台に向かう途中この東根の地まで

やって来た一人の旅人がいたそうです

 

仙台に向かう途中でしたが

マリア観音を持っていては

関山の関所を通ることが出来ないため

こちらの龍泉寺に預けたとされています

 

しかし 

旅人は戻ってこず

床下に隠していたそうですが

不憫に思った当時の住職が

台座と後ろの飾りを付け加え

マリア様の象と分からないようにして

観音様としてお寺に奉ったとされたそうです

 

その後の調査によって発見され

真実が伝わったそうです。

 

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昔は東郷村と呼ばれたこの地区は

東根街道沿いには多くの

石碑が立ち並びます

 

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大森山の磨崖仏

 

東根街道から少し寄り道、

 

東根市大森山にあるこちらの史跡

鎌倉時代に作られた県内最古の

磨崖仏になります。

 

大森山の南山麓にホイト(乞食)穴と称する洞窟があり、その東側に巨大な岩が立っている。大岩には4体の仏像が蓮台座に舟後光に線彫りされ左側には、もう一体彫れるだけの余地があり、明らかに未完成とみられる。おそらく5体の石像を彫ろうとし全体を区割りし、4体の石仏を彫ったところで、何らかの事情により中途で断念してしまったと思われる。大岩に彫られた磨崖仏は五智如来と伝えられ、仏像の線彫りに、わずかであるが、朱色の色彩が施れた形跡が見られ、完成した当時は、朱泥等による極彩色に色が鮮やかな仏像が浮かび上がり、盛大に開眼法要が営まれたことであろう。作成年代は鎌倉時代末期と伝えられているが大森山常福寺々伝によれば、加賀の国前田候の家臣で前田新蔵とその弟2人がいたが故あって出羽の国に落ち延びて供養のため大森山の南麓「五智如来の像」を刻せりと伝えられている。この地方に磨崖仏は少なく、山寺とこの大森山だけでありきわめて貴重な石像と言えよう。

(やまがたの旅公式ホームページ引用)

 

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さくらんぼ東根よってけポポラ

 

大森山の麓にある観光物産館

東根名産のさくらんぼ以外にも

東根で栽培された野菜や果物

200円で食べられるジェラードなど

魅力溢れる施設です。

 

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 黒鳥観音

 

東根市本丸地区を目指す途中、

最上三十三観音19番所

黒鳥観音の鳥居が見え

お堂まで行き参拝。

 

黒鳥は723年、大和国長谷寺十一面観音を勧請し、後年その祠を山腹に建てたとも言われる。また一説には、871年堂の前愛宕神社と共に、郡司伴直道の奉祀とも言い伝えられている。

寺の縁起によれば、享保年間(1716~1735)の頃、龍興寺住職崇容和尚が、観音堂の再建を発願し、郡奉行の多賀谷次郎左衛門が工事を指揮し、お堂を完成させたという。当時、別当は龍興寺で、観音に関する一切を管理してきたが、その後龍興寺が衰退して久しい間住職もいなくなったため、信者は仕方なく、お互いに交替で管理していた。関係者が相談の上、秀重院にまかせることになり、文政三年(1820)以来、秀重院が別当となり今日に受け継がれてきた。現在は秀重院というお寺の直接管理にはなっていないが、黒鳥での朱印帳には今も秀重院の名が書き記されているのは、歴史的な関わりを表している証と受け取れる。

古いお堂は、鶴ヶ池、亀ヶ池の上にあったが、火災のため焼け落ちた後、現在の所に移したと言われる。境内の石段は改築の際に蟹沢村の知開坊が作ったとされ、また梵鐘には、延宝三年(1675)六月十七日奉納、その後享和二年(1802)八月十七日龍興寺の高寛和尚の時村の早坂徳兵衛がお堂を再建したことが記されていたとされる。その梵鐘は戦時下に供出され現在の梵鐘は昭和25年7月31日に再建されたものである。

 (最上三十三観音公式ホームページ引用)

 

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黒鳥山展望台

 

黒鳥観音がある黒鳥山から

東根市の町並みが一望する事が出来ます 

 

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東根市本丸地区に到着です

東根市名物の豆糖を販売する

老舗お店があり街道に昔ながらの

風情を感じる事が出来ます。

 

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 東根大ケヤキ

 

東根小学校の敷地内にある

巨大な大ケヤキです

東根城がその昔あったとされます

 

新緑が濃く大木から力強い生命を

感じることが出来る事でしょう

 

東根城の歴史について

詳しい内容はこちらに記載しています

 

www.yamagatakabuo.online

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 以上東根街道の調査でした。

 

 

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