KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

東根市 東根の歴史 小田島荘と小田島長義 羽州街道を行く

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どーもKABUOです

 

山形県東根市

 

現在はさくらんぼ東根駅を中心に

新興住宅や飲食店、販売店が増え

活気があふれる町並みをしていますが

 

今回は、

市立東根小学校を中心にした

旧市街地をご紹介します。

 

旧市街地と新市街地の区別は

実際は無いのですが 

市役所や公共の施設が

現在のさくらんぼ駅を中心にして

健在しており、

そのような区別をさせて頂きます

 

旧市街地は

鎌倉時代の小田島荘を治めた小田島氏

東根城趾を治めた東根氏と

たっぷり歴史が詰まっておりますので

色々とご紹介できればと思います

 

東根の歴史 小田島荘と小田島長義

 

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 あづま菊の里 荒宿の柱

 

柱には

「これより東へ白津郷の古径である」と

書かれています

 

東根市、村山市一帯は

平安期より小田島荘白津郷と呼ばれ

鎌倉時代に中条兼綱が地頭として

入部した歴史がありました

 

白津郷と呼ばれていますが

近くを流れる白水川はかつて

白津川と言われ白津郷の

地名の由来になったと思われます

 

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西楯の市神様

 

先程の荒宿の柱からまっすぐ歩くと

T字路に到着しこちらの

西楯の市神様の前に到着します

 

旧暦の2月1日に近所方が集まり

ここで市場を開催した歴史を持つ

場所になります

 

 

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 若宮八幡神社

 

小田島氏と南北朝時代の歴史

 

小田島荘に入部した中条兼綱の

子孫は地名の小田島と名乗るようになり

 小田島氏の支配は続きましたが

 

1343年に

荘園を足利尊氏に没収され

小田島荘地頭職は結城氏に

宛行われる事となります

 

結城氏は北朝方だったため

小田島氏は南朝方に組み入り

激しく抵抗します

 

その後、1347年に

小田島長義

現在東根小学校前に

小田島城(東根城)を築き

 

若宮八幡神社を創建したとの

言い伝えがあります

 

これを分析しますと

 

結城氏との争い征した

小田島長義が

東根一帯を治めるにあたり

小田島城と若宮八幡神社の

創建に至ったと思われます

 

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普光寺の釣り鐘

 

こちらの普光寺の釣り鐘も

小田島長義が寄進したとされ

山形県内でも2番目に古い

釣り鐘となっております

 

小田島氏のその後・・・

 

順風満帆に思えた小田島長義ですが

 

1356年

南朝方をの抵抗を抑えるため

最上家の始祖である

斯波兼頼が山形に入部してから

がらりと状況が変わり始めます

 

北朝方である斯波兼頼は

小田島氏に圧力かけはじめ

抵抗を試みるも北朝方の勢いには

勝てず、小田島城を捨て

 

山形県新庄市に敗走し

鳥越と言う所に城を構えた説と

 

河北町谷地方面へと逃れ

命脈を保ったと言う

二つの説があるそうです

 

その後、東根は

最上一族の支配下に置かれ

この地を長く支配する事となりました

 

つづく

 

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