KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

東根市 六田宿と蟹沢地区の歴史 羽州街道を行く

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どーもKABUOです

 

前回の記事はこちらになります

 

www.yamagatakabuo.online

 

前回の与次郎稲荷神社から

羽州街道沿いを進み

今回は、東根市蟹沢地区と

六田地区をご紹介します

 

蟹沢地区は最上家と由縁がある

土地柄で蟹沢楯跡の史跡が残っており

 

六田地区は

天童市から村山市楯岡を結ぶ

宿場の間宿として活用された

宿場町でもあったので

その歴史をご紹介出来ればと思います

 

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蟹沢駅跡

 

羽州街道、現県道120号線から

道を逸れて東根市蟹沢地区に入ります

 

ここ蟹沢踏み切り近くには

蟹沢駅と言う駅があったそうですが

さくらんぼ東根駅の建設にともない

1999年に廃止され 駅舎が

取り壊され今は面影がありません

 

 

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 蟹沢地区集落

 

蟹沢地区には

縄文時代から弥生時代までの

痕跡が残る蟹沢遺跡があり

昔からこの土地で集落を

形成された事がわかります

 

昔ながらのタバコ屋さんや

酒屋さんを覗きながら地域を散策

 

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蟹沢楯跡

 

蟹沢地区には楯と呼ばれる地名があり

ここが蟹沢楯跡と言われています

 

歴史を調べてみると

山形城始祖、斯波兼頼の嫡男

最上直家の五男である兼直

当地に配され築いたと伝えられ

 

天文19年(西暦1550年)に

東根市大宇沢渡の沢渡楯から

阿部氏が移り住み

 

その後、最上氏改易の後に

土着帰農したと言われています

 

現在ではわずかに壕跡が残っており

近くには蟹沢楯を守護する為に

建立された八幡神社があります

 

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芭蕉翁「眉はきを」の句碑

 

蟹沢地区から羽州街道に戻り

東根市六田地区に入ります

 

六田の地名の由来は

青山伝右衛門が同士5人とともに

6反の田を開墾し、六反田が

六田と転じたものだと言われています

 

戦国時代はここを治めていた

国人、六田兵衛は天童城主、

天童頼貞と同盟関係天童八楯を組み、

 

最上義光激しく対立。

 

六田地区には六田楯という城跡が

あったそうですが国道13号線の

開発により史跡は残っていない状態です

 

天童八楯については

こちらの記事になります

 

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東根市六田地区は宿場町として栄え

1689年に山寺に訪れた

松尾芭蕉が行き帰りに

二度訪れたとされます

 

芭蕉がここを訪れた理由は

 

芭蕉の俳句仲間であった

尾花沢の紅花商人の鈴木清風

紹介で馬車引きを営んでいた

高橋内蔵介のお宅を訪れ

 

ご馳走とおもてなしを受け

山寺の帰りに再び六田の

内蔵家を再び訪れたとされます

 

そして

奥の細道の旅より三百年を

記念してこの碑を建立したと

案内板に書かれていました

 

つづく

 

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