KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

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東根市 悲運の飛脚 与次郎稲荷神社の伝説 羽州街道を行く

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どーもKABUOです。

 

前回の記事はこちらになります

 

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前回のさくらんぼ東根駅から出発し

 

今回は、羽州街道沿いにあります

与次郎稲荷神社のご説明をいたします

 

こちらは秋田藩主である

佐竹義宣に支えた与次郎と言う飛脚の

言い伝えがある神社がありますので

ご紹介出来ればと思います

 

悲運の飛脚 与次郎稲荷神社の伝説

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与次郎稲荷神社

 

さくらんぼ東根駅から出て直ぐに

見えますのがこちらの神社です

 

こちらの鳥居は最上三鳥居

ひとつで室町時代に健立された

大変古い鳥居で

 

通り道が大変低いため

現代と比べ当時の日本人の

身長の低さがよくわかります

 

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与次郎稲荷神社社殿 

 

創建の由来については

 

秋田藩主佐竹義宣に支えた

与次郎は江戸秋田間を

六日で往復し忠勤に励んだとされます

 

しかし訳あってこの地で

暗殺されてしまい

恋人のお花の手により

ひそかにこの地に

埋葬されたと言います

 

暗殺の背景には二つの言い伝えがあり

 

一つは仲間の同業者から

恨みと嫉妬を買い暗殺された説と

 

もう一つは

与次郎が佐竹義宣の隠密で幕府がそれに

気づかれた為、暗殺された説があり

これが慶長16年の頃だったそうです。

 

歴史的背景を分析

 

慶長16年は西暦1611年頃で

江戸に幕府が開いて8年、

関ヶ原の合戦から11年の月日が

経った頃です

 

佐竹義宣は関ヶ原の合戦のおり

石田三成と密かに繋がりを持っており

合戦の勝敗が決した後、

徳川家康から警戒され

茨城県常陸国54万石から秋田県出羽国

20万石へと減転封されております

 

これはKABUOの想像ですが

 

1611年は徳川家康と

山形藩主、最上義光は健在しており

 

東根市区域山形藩領であった為

家康の命により義光が佐竹義宣の

動向に監視の目を光らせて

与次郎暗殺事件

起こしたのではないのでしょうか?

 

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与次郎稲荷神社境内

 

その後、近所では災いが

相次い起こり村人は与次郎の祟りと

恐れおののきました

 

事態を重視した幕府がこの地に

与次郎を祀るのを決めたと言います

(東根観光物産協会引用)

 

この与次郎稲荷神社は秋田県秋田市の

佐竹義宣が築城した久保田城があった

千秋公園にも同じく創建されており

 

そちらでは佐竹義宣の前に

大狐が現れると言う

東根市とはまたちょっと違う

言い伝えが残っているそうなので

秋田市に行った際に調査したと思います

 

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健脚スポーツの神様

 

現在では飛脚のイメージもあって

健脚スポーツの神様として

地域の方々に信仰されております

 

神社自ら

パワースポットって

宣伝してるところが

何かおもしろいですよね(笑)

ちょっとB級スポット感が出ています

 

以上が与次郎稲荷神社の説明でした

 

つづく

 

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