KABUO 原付CUBで激走。山形、東北街道巡りの旅 (ときどき海外も)

故郷山形と東北各地の旧街道をメインにHONDAの50ccカブにまたがり各地を巡ります 各地の歴史や史跡、観光スポットを紹介できればと思います ときどき海外旅行も紹介していきます

スポンサーリンク

山寺街道を行く 松尾芭蕉も歩いた道を辿る

どーもKABUOです

 

2017年10月、松尾芭蕉も訪れ

山形を代表する観光スポットである

宝珠山立石寺、通称山寺に行ってきました。

 

今回は、山形県天童市から山寺まで続く

山寺街道を通り山寺まで目指した記録と

街道沿いの町並みと歴史を

ご説明出来ればとおもいます。

 

松尾芭蕉も歩いた道筋

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304110358j:plain

 

天童市北目地区にあります

奥の細道と書かれた標識、

こちらから山寺街道を目指します

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304111036j:plain

 

北目の道標

 

奥の細道の起点近くにある石道標

 

左は湯殿山、右は若木公道と

刻まれたおり

若木とは若松観音を指しております。

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304112135j:plain

 

先程の標識から進むと愛宕神社の

柱が見えてきます

こちらを右に曲がり街道に沿って進みます

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304113633j:plain

 

 宝地蔵と北目休石

 

 

現大阪王将さんが建っている脇の小道に

宝地蔵と北目休石があります

 

住宅の建設と道路整備により

山寺街道は時代と共に変化しており

特に国道13号線沿いは変化が激しく

今では面影が残っているのが

国道沿いではここだけとなっております

 

山寺街道は現在では県道110号線を進む

ルートが主流ですが

今回は松尾芭蕉も歩いた

旧道をメインに進んでいきます

 

次に天童市梨ノ木清水地区へと進みます

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304120505j:plain

 

梨ノ木清水に到着です

 

大きな梨ノ木のしたに旅人の

喉をうるおす清水が涌き出ていた事から

地名の由来になった所です。

 

またここは最上義光との天童合戦の際

天童市が本陣を置いていた場所であり

激戦を繰り広げた歴史があります

 

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304125438j:plain

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304134405j:plain

 

旧山寺街道の道沿いは現在では

りんご畑の農道になっておりまして

街道の面影はほとんど残ってはいません

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304130245j:plain

 

旧道の入り口には

石道標がたっておりました。

 

石道標には進む方向が

刻まれていますのでその通りに進めば

山寺街道を進めます

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304135457j:plain

 

農道の先には石道標があり

天童市岩下地区から一本杉に向かいます

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304140703j:plain

 

一本杉菓子店

 

岩下地区を抜けますと

一本杉にあります

創業80年を誇る一本杉菓子店さん

 

地名の由来通りにお店の隣に

一本杉が立っておりました。

 

ここから左に曲がって進むのが

山寺街道の旧道になります

 

f:id:deep-karuma-waap-ec-real-s1:20180304144302j:plain

 

 御苦楽園

www.gokurakuen.jp

公式ホームページ

 

旧山寺街道沿いにあります御苦楽園さん

立派な日本庭園をしておりますので

ご紹介します

 

昭和初期の不況による失業対策をかねて故水戸部弥作によって造園された庭である[1][3]。1日50人〜300人の人夫を使い、8年の月日を経て完成した。御苦楽園には"人生の苦しみと楽しみを盛った庭園"という意味が込められている[1]

園内には山形県内外の銘木銘石がある。柱石には人生の苦楽を教えてくれる名言格言が刻まれている[4]

1965年に一般公開という形で開園した。

Wikipedia引用

 

管理人さんのお話ですが

お祖父様にあたる水戸部弥作は

天童市一体の村々を

不況から救いたい一心で財産を投げ売り

その資金で人夫を雇いこちらの庭園を

作り上げ

 

その資金は人夫達の給料となり

昭和不況の最中の生活の糧となって

天童市一体の暮らしを支えていたと

お話をされておりました

 

庭園を歩いてみますと

修養や名言、格言が刻まれた

石碑が彫られており

水戸部弥作の生きざまを

感じることが出来ると思います

 

俳優の渡哲也もCMの撮影で来園され

石碑の格言をいたく気にいっていたとも

お話されていました

 

KABUO自信も石碑の言葉に胸を打ち

観光に訪れるのをオススメしたい

場所でもありました

 

つづく

 

yamagata.hatenadiary.com

 

 

にほんブログ村 旅行ブログ 東北旅行へ
にほんブログ村


東北地方旅行ランキングへ

ランキングに参加しています

記事の内容がよろしければ

クリックをお願いします